それって何の役に立つんですか 大人になると縁が無くなる
昔、どこかで聞いたなあーというフレーズですね。
それって何の役に立つ ある時期の定番フレーズ
「それって何の役に立つんですか?」というフレーズは、かつてどこかで聞いたことがあるかもしれません。
よくある場面は、中学生が教師から与えられた課題にに対して不満を示すといったところでしょうか。
従順でもなく、といって割り切って応対することにも慣れていないときに登場しがちなフレーズです。
確かに惰性や考えのない課題もあるでしょう。
とはいえ、教育や訓練は今の位置から違うステージに移行することを期待するわけですから、現状で理解できないから無意味とはいえないものです。
(こういったテーマは、内田樹さんや千葉雅也さんの本が参考になります)
それって何の役に立つ 大人になると無縁のフレーズ
大人になると、「それって何の役に立つんですか?」と言うことも、言われることも減ります。
なぜか?
それが大人になるということだから、では木で鼻を括(くく)るようですので、ちょっと突っ込んでみます。
「それって何の役に立つんですか?」と言わなくなるのは、
・業務上の指示で従うしかない(例:営業から経理に配置換えになり、簿記2級を取得することになった)
・無用に物事を荒立てなくなる知恵が身につく(スルーのスキル)
・自分の理解の水準の低さを露呈しかねないので言わない(沈黙は金)
「それって何の役に立つんですか?」と言われなくなるのは、
・業務上の指示という割り切りが成り立っているから
・余計なことにかまっていられないから
といったところです。
上記のような考察は、わざわざ言うまでもないというところでしょう。
それでもなお、「それって何の役に立つんですか?」と言う方がいる場合は、喧嘩を売っているか(見下しているか)、理解の水準がイマイチかといえます。
それって何の役に立つ 停滞や沈黙の状況に耐える
「それって何の役に立つんですか?」という実りの乏しいフレーズを聞かずにすむのは、精神衛生上ほっとします。
とはいえ、こうした安堵感は不安の裏返しでもあります。
自分では必要な取り組みだと思っているが、本当に実現できるか、望んだ成果を得られるかといった不安は必ず出てきます。
たとえば、ちょっとした効率化のためにプログラミングを習得しようと手掛けていても、プログラミングの学習初期では先が見えないなーという印象が強く残ります。
(簿記や外国語も同じですね)
「それって何の役に立つんですか?」という外からの不毛な圧力が無くなっても、自分のモチベーションまで無くなっては迷走してしまいます。
習得や学習の停滞や、成果の出ない沈黙した状況に耐える力が必要になります。
蛇足
だからこそ、ちょっとした成果でも大喜びしておきます(笑)。
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